「カラードールズ・ガール 〜少女は白い天使をめざす〜」 後編(4) 作・JuJu






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「カラードールズ・ガール  〜少女は白い天使をめざす〜」  作・JuJu

後編(4)





「感動しました! 先輩は本当にすごいです! やっぱりあたしのあこがれの人です!」
 和加奈(わかな)は両手の指を胸の前で組んで合わせ、熱のこもった瞳を向けながら、結稀(ゆうき)をひたすらほめちぎった。
 そんな風に妄想を暴走させている和加奈を尻目に、少々あきれ気味な表情をさせている結稀だったが、心の中では、かわいい後輩にここまで高く評価されればまんざら悪い気もしないらしい。
 褒めそやされているうちに、結稀もしだいに調子に乗ってくる。
「そ、そうかな?
 まあ、今度のヤツは動きがトロそうだし? わたしが倒した赤人形からくらべれば、あんなの敵じゃないわね。さっさとやっつけて元の世界に帰るわよ」
 そんな結稀の肩で、ハムスターのハムは心配そうに、さっきからじっと彼女の横顔を見つめている。
 なるほど結稀の見立てどおり、あの魔人形の動きは鈍重らしい。巨大な斧(おの)は一撃を受けただけで致命傷になるかもしれないが、どんなに強力な斧でも近づかなければ無力だ。遠く離れたところから攻撃をする弓使いの結稀にとって、斧はなんの恐怖にもならない。
 それなのに、胸騒ぎがとまらない。なにしろ、あの石崎(いしざき)の怨みがこもった人形なのだ。結稀の思惑どおり、そんなに簡単に倒せるものなのだろうか。
 そんなハムの様子に気がついたらしく、結稀は明るい声で話しかけてきた。
「なに? ハムは心配なの? たしかにあの斧は怖いけど、距離は充分に取るし、魔物が近づいてきたって逃げればいいだけだし、なんてことないじゃない。
 心配なんてしてないで、このわたしにまかせなさい!」
 結稀は自信たっぷりにそう言うと、ハムの頭をやさしくなでた。
「ハムは和加奈のそばにいてあげて。万一青人形が和加奈を狙うようなことがあれば、助けてあげて。
 大丈夫。あんなトロいやつ、ハムのアドバイスがなくても倒せるって」
「……わかった。でも結稀、油断大敵だ」
 そういうと、ハムは結稀の肩から降りた。
「あたしにはなにもできませんが、先輩がんばってください。応援しています」
「ありがとう和加奈。ハム、和加奈のことは頼んだわよ」
 そういうと結稀は、わざと和加奈やハムに自信があることを見せつけるように翼をおおきく広げて、戦いに向かった。

    *

 結稀は空を飛びながら青人形を捜していた。あの魔物もカラードールズのなれの果てならば、わたしや赤人形と同じように空が飛べるはずだ。今頃はわたしたちを捜して、空を飛んでどこか別な場所に移動しているかもしれない。
 そんな危惧(きぐ)をしていた結稀だったが、意外にも青人形はさきほど和加奈を襲った場所――神社のある小山のふもと――から動かずにいた。それはまるで、結稀が戻ってくるのを待っていたかのようだった。
 青人形の姿を見つけた結稀は、ゆっくりと高度を下げて青人形に近づいた。青人形も結稀の接近に気づいたらしく、空を見上げる。
「その斧はすごいけれど、ここまではとどかないでしょう?」
 結稀は空中で停止すると、弓を構えた。
 ところが矢に狙われても、青人形は結稀のことをにらみつけたまま、動こうとはしない。いっこうに、構えることも逃げることもしなかった。
 はじめは愚鈍な魔物で、ぼんやりしてるだけだと結稀は思っていた。しかししばらく見ていて、結稀をばかにしていることが、魔物から発せられる雰囲気から解った。
 無表情でまったく変化のないトカゲの顔が、一瞬自分のことをあざけ笑ったような錯覚さえ受ける。
「もしかして、わたしの矢が当たる訳がないとたかをくくっているの? 前に会ったときは、わざと外したのに」
 なめられたことに、結稀は少し腹を立てた。死ぬ前に祈りをする余裕くらいは与えてやろうなどと考えて、一撃目は足に標準を構えていたのだが、その狙いをずらして胸に変更する。
 一矢で、命を絶(た)つ。
 その思いを込めて、結稀は矢を放つ。
 矢は狙い通り、青人形の胸を直撃する。
「しとめた!」
 と、結稀が喜んだのもつかの間だった。たしかに矢は、狙った場所に寸分違(たが)わず当たったのだが、例の鋼を伸ばしたようなドレス型のヨロイにはじかれてしまう。はじかれた矢は、地面に転がると、細かい光の粒となって消えた。
「へ、へーえ? やるじゃない。
 布みたいに薄いヨロイだから、防御力なんて無いと思っていたけれど、さすがは魔物の服と言ったところかしら」
 あせる心をごまかすように、結稀は言った。
「ならば、これでどう?」
 頭を狙ってふたたび矢を放つ。
 魔物は動かない。
 矢は魔物のひたいに当たるが、トカゲのような堅い皮膚にさえぎられた。やはり地面に落ちる。
「うそ!?」
 結稀はあぜんとする。
 堅い皮膚にヨロイという二重の防御。
 矢が効かないのであれば、弓矢しか武器がない結稀には攻撃の手段がない。
 もちろん、パンチやキックみたいな肉弾戦もあるが、結稀は格闘術をしらない。第一近づけば、あの斧で襲われてしまうだろう。
 本当におそるべきは巨大な斧ではなく、分厚い皮膚とヨロイのような服だったことにいまさらながら気が付き、あせる結稀だった。
 だからといって、攻撃の手を緩めるわけには行かなかった。
 なんどもなんども矢を放ちながら、結稀は思った。
 さっきの和加奈が乙女モードになったのは、きっと演技だ。たしかに和加奈は日常からあんな感じだが、ふだんとは状況が違いすぎる。いくら和加奈でも、殺されそうな目にあった直後に、すばやく気持ちを切り替えられるはずがない。あれは、わたしに心配を掛けないために震える心を押し隠して、乙女モードの演技をしたに違いない。
 青人形の動きはトロい。だから、この場から逃げることは簡単にできるだろう。でも、攻撃がまったく効かないために、しっぽを巻いて逃げ帰ってきたなんてところを見せて、和加奈を心配させたくない。それに、わたしの武器はこの弓矢だけなのに、いったん退却したところで、その後なにができるのか。
 結稀は青人形を見すえる。
 攻めることも退くこともできない、抜き差しならぬ結稀は、いたずらに矢を打ちつづけるのであった。

    *

 一方。和加奈とハムは物影から頭を出し、結稀の戦いを見守っていた。
「先輩、苦戦しています」
「矢がつうじないんじゃ、攻撃の方法がない……」
 和加奈は、戦っている結稀からハムに視線を移した。
「ハムさん。わたしにできることはありませんか? お願いです。どんなことでもいい、先輩を助けたいの」
「……こうなればしかたない。試してみるかい? きみの人形に対する思いが高いことは、ぼくも知っている。人形に対する情熱があるなら、きみも結稀みたいに人形に変身できるかもしれない。やってみる価値はあるはずだ。
 ただし、人形とはいえ怪我をすれば生身の体と同じだけの痛みがあるし、傷が深ければ、最悪死ぬことになる」
 そういうと、ハムは腹に巻いていたハンカチをほどいて、自分の背中を和加奈に見せた。
 それを見た和加奈は、息を飲む。
 ハムの背中には、赤人形がえぐった傷痕が、今も深く残っていた。
「結稀もぼくも、あとわずかと言うところで魔人形に殺されるところだったんだ。
 だからこそ、きみまで巻き込みたくなかったんだが……」
「そんな大変な戦いを、結稀先輩やハムさんだけに押しつけられません。あたしも戦います。
 どうせこのままいたって、いつあの魔物が襲ってきて、殺されるかもわかりませんし。
 それに、あのトカゲの化け物みたいな魔物も、もともとは美しい少女のお人形さんだったんでしょう? それを、あんな悪魔みたいな姿にするなんて許せない!
 人形は、愛(め)でるべき対象です。人形は、愛するべきです。
 そりゃあ、あたしだって、時々はやりすぎちゃって、いろいろしちゃうこともありますが、それも愛があってのことです」
「きみの決意のほどはわかった。改めてたずねるけど、きみは人形が好きかい?」
「結稀先輩と人形にかける思いは、結稀先輩を除いて誰にも負けません。だって、結稀先輩の後輩ですから!」
「よし。君に賭けてみよう。
 いずれにせよ青人形を倒さなければ、この結界から出ることはできないんだしね」
 そういって、ハムは空中に浮遊した。
「あ、ハムさんも飛べるんですか?」
「きみの目の高さくらいまでだけどね。それに、遅い。なにより疲れる。結稀のように、翼でも出せればいいんだけどね。
 それじゃ、ここで待っていてくれ」
 そういうと、ハムは和加奈に背を向けて、ゆっくりと歩く程度の速度で空を飛びながら移動した。やがて住宅の影、猫が通るような隙間に入ったかと思うと、小さなトランクをつかんで戻ってきた。
「やっぱり重いな……」
 ふわふわと上下に揺れて飛びながら、ハムが戻ってくる。
 和加奈は、慌ててハムの元に走った。
 和加奈が来ると、ハムはその場で着陸して、トランクを指ししめした。
「開けてごらん。それがきみの人形だ」
 和加奈はトランクを開ける。
 そこには、赤人形が入っていた。
 和加奈はトランクから人形を取り出して手に取る。
「これは、赤いドレスを着たビスクドール?
 もしかして、さっき話していた、結稀先輩やハムさんを襲ったって言う赤人形ですか?」
「そうだ。だが、いまは石崎の憑依も解けて、結稀の白人形と同じカラードールズ・ガールの一体に戻った。
 結稀に続いて、今度はきみがその赤人形に変身するんだ。
 やり方は、さっき結稀が人形に変身したのを見ていたね。それをまねればいい。きみの人形に掛ける思いが本物ならば、結稀のようにその人形になれるはずだ。
 ――どうして、人間がカラードールズに変身できるのかは、このぼくもわからない。もしかしたら人形の神さまが、石崎みたいな悪人をこらしめるために、カラードールズに力を授けてくれたのかもしれない……というのはロマンチックすぎるかな」
「ロマンチックというより、非現実的すぎですね。
 とはいえ、現実に人形に変身できるのですし、それが結稀先輩を助けるための手段ならば、このさい原理なんてどうでもいいです。
 ではハムさん、この人形をお借りします!」
「よし、和加奈! その人形に、きみの人形にかけるその思いのすべてをそそぎ込むんだ!」
 和加奈は手に持っていた赤人形を、強く抱きしめた。
 ハムが声を飛ばす。
「きみがあのクトゥルー人形を作った時の人形へこめた情熱。きみが人形を可愛がるときの想い。人形へのすべての愛情を、目の前の赤人形に込めるんだ」
 すると、和加奈の全身から赤く光り輝く炎がわき出す。炎は和加奈と赤人形を包むように強く燃えあがったあと、炎のなかから美人の女性が現れた。情熱的な真っ赤なドレスを着た、長い黒髪が印象深い美人だ。
 結稀が変身した可愛いタイプの姿に比べ、和加奈が変身した姿は大人っぽい色香が感じられる。
 変身した和加奈は、自分の姿に驚いていたようだったが、すぐに気合いをいれて、結稀と青人形の戦いに顔を向けるとにらんだ。
「きみの武器を手にとってごらん」
 ハムに言われて、和加奈は彼が指さす自分の腰に視線を向けた。
 そこには、細い剣がつるされていた。
 和加奈はおそるおそる柄をつかんで、鞘(さや)から剣を引き抜く。
 そこには、ルビーのように紅く透き通った、細身の剣があった。
 和加奈はその美しさに息を飲み、目を惹きつけられる。
「きみの武器は刀剣か……」
 和加奈は、試すように斜めに二三度振ってみる。
 炎のような輝きを残しながら、素早く剣が舞う。
「すごく軽い……。これならば、ふつうの剣が一振りするあいだに、二度でも三度でも振ることが出来そうです」
 青人形と戦えそうな武器を手に入れて喜んでいた和加奈だったが、ハムの表情が曇っていることに気がついた。
「どうかしましたか? なんか不安そうな表情をしていますが? なにか問題がありますか?」
「あ、いや、なんでもない。見事な変身だよ。とにかく今は戦ってみよう。ぼくたちの武器は、いまやきみの剣だけなんだ」
「心配しないで下さい。結稀先輩と力を合わせて、かならずあの魔人形を倒してみせます。一緒に元の世界に戻リましょう!」
「そうだね。それじゃ、きみの思いを解放するんだ」
「解放するといわれても……」
「結稀のように、翼が欲しいと願えばいい」
 和加奈の背中に、天使のような紅い翼が生えた。
 ハムは和加奈の体を走り登ると、肩にのると言った。
「これで空を飛べる。和加奈、さあ、結稀を助けに行くんだ!!」
「はい!」
 和加奈は翼を広げて、結稀の元に向かった。








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■更新履歴■
2016年11月18日 〈紫安館〉掲載
2016年12月11日 一部追記





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