「カラードールズ・ガール 〜少女は白い天使をめざす〜」 後編(5) 作・JuJu






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「カラードールズ・ガール  〜少女は白い天使をめざす〜」  作・JuJu

後編(5)





 結稀(ゆうき)は魔物に向かって、ききもしない矢をひたすら打ちつづけていた。
 青人形は結稀の攻撃の手段はすでに尽きていることに気がついたらしく、はじめて動きらしい動きを見せた。杖(つえ)のように地面につき立てていた斧を両手でつかむと胸の前に持ち、ゆっくりと足を踏みだす。巨大な斧がよほど重いのか、それとも風格を演出しているつもりなのか、青人形は一歩一歩、大地を踏みしめるように結稀に近づいて来る。
 それを見た結稀は、下唇を噛みしめる。そして必死に矢を放ち続ける。自分では気が付いてはいないが、焦燥(しょうそう)した彼女はなかば狂人のように矢を連射していた。背中の矢筒は、結稀が矢を取るたびに光の粒が集まり矢の形となって補充されるので尽きるということはない。しかしどれほど矢を放っても無駄だった。魔物の外皮とヨロイですべてはじかれてしまう。弱点はないかと、腕、肩、腹、足、魔物の体のあらゆる所に当ててみた。それでもやはりはじかれる。しかたなしに卑怯だと思いながらも目や口も狙ってみた。これらも魔人形がわずかに顔を横に倒してよけられた。
 あせりからか、結稀の目に魔物がやたら巨大に映った。その威圧的な魔物がじわりじわりと接近してくるたびに、彼女のなかで魔物の存在がますます大きくなる。
 動物は自分の体から一定の範囲になわばりという距離を作っている。それ以上近づけば敵と見なすという空間だ。それは人間も例外ではない。むろんすっかり文明化し、社会生活という制限がある人間には、なわばりに入られても目立った行動はしない。ただ嫌な感覚はあるはずだ。じりじりとした背中に虫が這うような感覚。そんな自分のなわばりに侵入された感覚を、いま結稀は激しく感じていた。日常生活ならばちょっと気になる程度ですむ感覚だが、生死を分ける状況では本能からの警告だった。
 普段は気にもしていない心臓の音が、結稀の頭の中で激しく響く。視野は狭まり、目には青人形の姿だけが映っていた。まるで小さな子供が、恐そうな犬に唸(うな)られて、〈あっちにいけ!〉と泣きベソをかきながら地面に落ちている小石を拾ってはひたすら投げつける。そんな状態になりながら結稀は矢を引いては放っていた。
 しかしどんなに矢を打っても魔物の進行はとめられない。
 このままでは殺される。
 結稀の本能が叫ぶ。
 あの斧の一振りで、わたしはぶち殺される。
 そう確信する。
 矢をつがえた状態で、手が動かなくなる。狙いを付けた自分の指が細かく震えているのを見つめながら、結稀はとうとう、自分が恐怖に怯えていることを認めた。
 噛みしめた唇は皮膚を裂き、口の中に血の味が流れる。
 しかたない。ここは撤退しよう。
 和加奈(わかな)に、惨めなところを見せるのは辛かったが、ここで死ぬわけにはいかない。
 ところがいざ撤退しようにも、足がいうことをきかない。結稀は確かめるように、うつむいて絹のような白いドレスのすそから伸びる自分の足を見た。
 けれども魔物はそんなわずかな間さえ、待ってはくれない。
 すくんだ足を見ている彼女の視野の端に、魔物の姿が映る。
 結稀はあわてて顔を上げた。
 目の前で、青人形が大きな斧を振り上げていた。
 逃げなければと思うのに、あせればあせるほど彼女の足はますます硬くなる。
 目を閉じた。結稀は血のしたたる下唇をちぎれんばかりに噛みながら、未だに動こうとしない自分の足をうらみながら、頭上にある巨大な斧が振り下ろされるのを待った。
 しかし、斧は一向に動く気配がない。
 結稀はおそるおそる薄目を開けて魔物の顔を見る。
 魔物の視点は、自分の後ろに集中していた。
 その時、右手に人の手が触れた。
 振り向くと女性がいた。
「こちらです!」
 女性はそう言うと、結稀の手をひいて駆けだした。
 あたたかい手。
 人間の手の感触は結稀の心に染み込み、ふたたび体を動かす勇気を与えた。
 結稀は女性にひかれるままに走った。
「結稀! ここはいったん退いて、体勢を立て直すんだ」
 声をしたことで気が付いたが、女性の肩にはハムスターのハムが載っていた。
 謎の女性に、その女性の肩に載っているハム。
 結稀は混乱しながらも、女性にひかれるままに走り続けた。

    *

 結稀たちは裏路地に逃げ込んだ。
 ここまでくれば安心だろうと思ったのか、女性が足をとめる。それに合わせて結稀も立ちどまった。
 それでも不安をぬぐいきれない結稀は、建物の影から顔を出した。青人形が追ってきていないことを確認して、ようやく安堵のため息を吐いた。
「先輩、大丈夫でしたか?」
「え? 先輩? だれ?」
 年上に先輩と呼ばれて、結稀は驚いて女性を見た。窮地から助けてくれた女性は、あきらかに結稀よりも年齢が上だった。白人形に変身した結稀が可愛らしいタイプというならば、目の前に立つ女性はきれいなお姉さん系だろう。
 女性は言う。
「あたし、和加奈です」
 女性の肩のハムがつけ加える。
「彼女も人形で変身したんだ」
「和加奈……? あっ、そうか! もしかして、和加奈が赤人形に変身したのね?」
 見れば女性の足元には、赤人形をしまって置いたはずのトランクが、空っぽで開いたまま置いてあった。
「それにしても、ずいぶん美人になったものね」
 結稀は見定めるように視線を動かしながら言った。
 小さかった背はすっかり伸びて、結稀よりも高い。童顔だった顔がすっかり大人っぽくなっていた。それでも確かに和加奈の面影がある。和加奈が成長して大人になったらこんな顔かも知れない。
 そうか、和加奈はあと数年経って成長すると、こんなに美人の大人になるのか。
 そう結稀は思った。
 スタイルは、元の和加奈のスタイルとほぼ同じだろう。水着で見た姿を思いだしながら、結稀は思う。伸びたのは背だけで、胸の大きさや腰の細さはほぼ変身前のままだ。
 魔法の力でスタイルを変えている自分とは大違いだと結稀は思った。
 元になっている赤人形が大人な雰囲気を秘めた人形だったからその影響もあるのだろが、変身した和加奈は全身から大人の女の雰囲気が出ている。
 それに引き換え変身後の自分の顔は、和加奈比べればなんだか子供っぽい。顔だけでなく、雰囲気まで子供っぽかった。和加奈のような色気がない。これではわたしの方が後輩みたいだ。
 引け目を覚えてる結稀の気持ちに気が付いたのか、和加奈が言い繕った。
「結稀先輩だって、変身した姿もすごく可愛いですよ」
 和加奈が笑う。
 その美しさに思わず胸がときめいてしまったことに、結稀は驚いた。この美人に甘えてみたいという気持ちが、胸の底に芽生えたことに焦る。もしも今の和加奈に誘惑されたら、めろめろになって、彼女に向かっておもわずお姉様と呼んで甘えてしまうかも知れない。
 和加奈の変身した赤人形には、結稀にそう思わせるだけの魅力があった。
 結稀は、そんなことを思ってしまった自分にあせる。
 どうして年下の和加奈に妹として甘えるのよ。たとえ変身後の肉体が年上だとしても、わたしは和加奈の先輩なのよ。
 だいたい、いまはそんなことに心を動かされている場合ではないでしょう。
「先輩、大丈夫ですか?」
 気がつくと、目の前で和加奈が自分のことを心配そうに見つめていた。
「かっ! 顔が近いってば!」
 さらに高鳴る胸をおささえつつ、結稀は言った。
「とにかく、あいつを倒すことをかんがえなくちゃ」
 結稀は気持ちを切り替えて言った。
「今度はあたしが戦います。接近戦ならあたしに任せて下さい」
 和加奈は腰に下げた剣を抜いて結稀に見せた。
「へー。和加奈の武器は剣(けん)なんだ……」
 太陽の光を受けて、透き通った赤色の刃(やいば)が輝く。
 結稀は、青人形と顔をつき合わせ武器を交わしながら戦うことのできる和加奈がまぶしく見えた。同時に青人形に歯が立たなかった自分がみじめに思えた。弓矢なんて、遠くから矢を放つことしかできない。
「とてもきれいな武器ね。和加奈にぴったりだわ」
 結稀は和加奈の剣に期待を込めた。自分の弓では青人形に太刀打ちできないが、和加奈の剣ならば勝機があるかも知れない。
「お願い。わたしの代わりにあいつを倒して」
「はい。ここはあたしに任せて下さい!!」
 和加奈は剣を鞘に戻すと、自信ありげに胸を張って応えた。

    *

 和加奈は歩きながら裏路地から出ると、小山のふもとを見た。
 魔物はやはり、さきほどの場所から動かずにいた。
 和加奈は魔物から三十歩ほどの離れた場所まで歩いていくと、そこで立ち止まって魔物をにらみつける。
 やがて腰から細身の剣を抜いた。両手でしっかりと剣の柄をつかむ。
 彼女の動きを目で追っていた魔物も、下ろしていた斧を振り上げて迎撃の準備をする。
 和加奈は剣をつかみ直すと、地面を蹴って走りだした。
 合わせるように、青人形も向かい来る和加奈めがけて、身体の力を込めて斧を振り下ろした。
 襲いかかる斧を、和加奈は頭上に剣をかざしてとめた。斧と剣の刃が切り結び、剣戟(けんげき)のするどい音が彼女の耳に届く。だが、勢いの付いた斧は止まらない。剣をにぎる腕に力を込め、後ずさりながらどうにか斧を受け流す。そのまま後退して魔物から距離を置いた。
「……なんて重い攻撃」
 斧を受けた衝撃が、いまだに腕に残って消えない。
 斧の大きさから相当の衝撃があるとは思っていたが、想像と現実の誤差は、和加奈が思っているよりもはるかに大きかった。斧の軌道を逸らして、脇に流すのが精一杯だった。
 細身の剣と巨大な斧。ぶつかり合えば剣が押し負けることは明白だった。
 和加奈は青人形の力を軽視していた自分に反省するとともに、改めて武器の分析を始めた。
 斧は重い武器なだけに細い動きはできない。しかも振り上げたときは胴ががら空きになるし、振り下ろした後も次の動作に移るまでの隙も大きい。
 だが斧には、その欠点を補ってもあまりある攻撃力があった。渾身の力で振り下ろされる斧は、たったの一撃でも喰らえば、死から逃れられない。そのことを、和加奈は今の一撃で思い知った。
 さっきまで、奴の利点は防御力だけだと思っていたが、戦ってみてあの斧の攻撃力を実感した。
 攻撃も防御も完璧。どうやって戦えばいいのか。たった一度刃(やいば)を交(まじ)えただけで、和加奈の戦意はすっかりくじけそうになっていた。
 そんな気後れした和加奈の背後から矢が飛んできて、魔物に当たる。
 和加奈が驚いているあいだに、矢は次々と飛んできて、二度三度と魔物にぶつかっては消えた。
 和加奈が振り返ると、いつの間にか結稀が裏路地から出てきて、離れた場所で弓を構えていた。
 まだ先程の恐怖がぬぐえないのだろう。顔色は真っ青だった。
 矢を放ったところで、魔物にはきかない。
 それでも結稀はひたすら矢を打っていた。
 そうだ。あきらめたら、そこで終わりだ。
 そのことを自分に伝えるために、恐怖をおして矢を放ったのだろう。
 和加奈は弓を射る結稀を見て、ふたたび勇気を奮い立たせると青人形に向きなおった。








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■更新履歴■
2016年12月11日 〈紫安館〉掲載





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