「カラードールズ・ガール 〜少女は白い天使をめざす〜」 後編(6) 作・JuJu






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「カラードールズ・ガール  〜少女は白い天使をめざす〜」  作・JuJu

後編(6)





「結稀……あえて言わせてもらうけれど、その矢を何十回、何百回当てようが、青人形には刺さらないよ?」
 結稀の肩に載ったハムが言う。
「むだだってことはわたしもわかってる。でも和加奈が命がけで戦ってるのに、なにもしないで黙ってみていることなんてできないよ」
 そう言いながら、結稀はまた矢を放った。
 矢を向けた標的にさきほど殺されそうになったのだ。その手は恐怖に震えていて、ねらいがさだまっていない。和加奈に当てないのが精一杯だった。そうして、どうにか放った矢も、当然のように青人形にはじき返されるだけだった。

   *

 また背後から先輩の放つ矢が飛んでくる。ねらいが魔物の足先や手なのは、間違ってあたしに当てないためなんだろう。共に戦ってくれようとする結稀先輩の援護は嬉しいけれど、残念ながら魔物にはまったくきいていない。やっぱりあの怪物を倒せるのは、あたししかいない。
 和加奈はそう思い、ふたたび決心する。
 和加奈は魔物をにらみつけながら、どうにか化け物を倒す方法はないかと考えた。斧による攻撃は強力だ。あんなものを振り回されたのでは、そう何度も近づくことはできない。願わくば一度の接近戦で致命傷を与えたい。
 考えぬいた結果、突進するしかないと思い至(いた)った。怪物に向かって全速力で走る。勢いをつけた自分の体重を剣に乗せて怪物を串刺しにする。一撃必殺。しくじれば、魔物が振り下ろす斧が自分の体を真っ二つにするだろう。その場合でも、剣さえ当たれば相打ちにできる。
 魔物に向かって突っ込む。みずから死にに行くようなものかも知れない。そう考えただけで、恐怖に体が震えた。それでもこの閉鎖された世界から脱出するためには、そして結稀を助けるには、これしかない。そしてそれができるのは、自分だけなのだ。
 自分にしかできない。和加奈はその言葉にすがるように自分に言い聞かせて、心を奮い立たせる。
 和加奈は剣を槍(やり)のように持つと、切(き)っ先(さき)を青人形に向けた。
 地を蹴る。突撃し、一気に青人形との距離を縮める。
 和加奈が攻め始めるのと同時に、まるで石像のように悠然としていた青人形が、ついに動きだした。この時をまちわびていたと言わんばかりに、腕の筋肉が盛り上がらせてから、下ろしていた斧を一気に振り上げる。さらに、わずかに足を地から浮かび上がらせ、体をすべらせるように和加奈に向かって走らせ始めた。
 魔物の初動は遅いが、加速していくごとにどんどん速度が上がっていく。
 魔物は斧を振り上げながら、突進してくる。
 それでも、防御を一切捨てて魔物に向かうことだけに特化した和加奈のすばやさは、魔物の攻撃よりも早かった。
 和加奈は斧を振り上げて突進してくる魔物の懐に入った。
 視界が狭まり、目の前に魔物の喉(のど)だけが映る。
 勝った!
 和加奈は勝利を確信した。
 これだけ至近距離で剣を突き刺せば、いくら皮膚が硬いとはいえ通らないはずがない。
 和加奈はいきおいづいた体重を乗せ、自分の持つ力のすべてを込めて、魔物の喉めがけて剣をするどく突いた。
 だが無情にも、剣は硬い皮膚にはじかれる。
 そんな! こんなにも、魔物と体がぶつかり合いそうなほど接近して、しかも喉という急所を狙ったのに、まったく効果がないなんて。
 無理に攻め込んだのがいけなかった。
 魔物の斧が、和加奈目がけて振り下ろされる。
 本能で気配を感じた和加奈は、ほとんど無意識のうちに右腕で細身の剣を振り上げ、どうにか頭上で斧を受けとめる。
 青人形の強烈な一撃。斧の衝撃が和加奈を襲う。
 いまにもはじき飛ばされそうな剣を、左手を添えて両手に力を込めて必死につかむ。
 魔物は斧を剣に押しつけたまま、体を寄せてくる。
 体重で負ける和加奈の体が、砂煙を上げながらすべるように後方に押し流される。
 それでも、片膝を地面につけて、押してくる斧を止めた。
 彼女は体中の力を剣に込めて、なんとか耐えきった。
 魔物の巨大な斧と比べればまるで針のように細い刃で、和加奈は攻撃をふせいだ。
 ……たが、腕にかかる力が重い。
 攻撃は終わっていなかった。
 青人形が腕力に物を言わせて斧を押し込んで来ていた。
 あわてて、和加奈も剣を押し返す。
 剣と斧、刃と刃が、互いに押し合う。
 しかし、力の差は歴然としていた。
 和加奈の剣は堪えきれずに、じわりじわりと押されていく。
 彼女の腕が痺れて、にぎっている感覚が薄れてゆく。
 これ以上は堪えきれない。手から剣がすべり落ちそうになる。
 勝機を、魔物は見逃すはずがなかった。
 細身の剣ごと、そのまま脳天から和加奈を割り殺そうと、青人形はさらに腕に力を込めた。
 ついに和加奈の剣が押し負けた。
 巨大な斧が落ちてくる。
 その時だった。和加奈の背後から飛んできた矢が魔物の小指にあたった。魔物はすべりそうになった斧をあわててつかみ直す。
 その隙を利用して、和加奈は襲いかかる斧の軌道を剣でそらした。
 頭から真っ二つにされずにすんだものの、それた斧は和加奈の左肩を切り裂いていた。
 和加奈は、後ずさりして青人形から離れた。
 左肩をやられて、右手だけで剣を持つ和加奈。
 和加奈の肩は深く裂かれていたが、それでも、傷だけですんだのは幸運だった。
「和加奈! 大丈夫!?」
 遠く離れた背後から、結稀が声をかける。
 魔物に攻撃は効かないと和加奈が思っていた結稀の弓矢が、彼女を死から救っていた。
「先輩ありがとうございます。先輩が援護してくれなかったら、いまごろは命がありませんでした」
 和加奈は振り返ると、痛みに堪えるように目を細め口を曲げながらも、わずかな笑(え)みを見せた。
 自分の剣でも、結稀の矢の攻撃でも、魔人形を傷つけることはできない。それでも、傷を付けることはできなくても、攻撃が当たれば衝撃はあるんだ。その証拠に、結稀の矢の衝撃は、たった小指一本とはいえ、ほんの微動をさせただけとはいえ、確かに魔物の体を動かした。
 和加奈は、そこに打開策があるのではないかと思った。
「和加奈! ここまで戻って!」
 結稀に言われるままに、和加奈は一旦結稀とハムのいる場所まで退(ひ)いた。

    *

 結稀は戻ってきた和加奈と合流すると、魔物に背を向けて先程まで隠れていた裏路地に向かって走った。
 ふたりは裏路地で立ち止まる。
「和加奈、大丈夫だった!?」
 結稀が和加奈の傷を見ると、彼女の左肩は付け根がざっくりと切られている。人形の体なので血は流れていないが、それだけに切り込んだ傷痕の深さまで見えて痛々しい。今にも血が吹き出して来るのではないかと心配してしまう。
 結稀はハムに頼んで自分のスクールバッグを持ってきてもらうと、中から布を取り出した。それを和加奈の肩に巻きつける。
「人形作りのための端切(はぎ)れが、こんな時に役に立つなんてね」
 和加奈は結稀に布を巻いてもらいながら言った。
「先輩! さっきの先輩の打った矢で、あの化け物を倒す打開策が見つかりました」
「打開策?」
「あいつのヨロイと皮膚は確かに堅いです。けれど、攻撃がまったくきいていないわけじゃない。それならば……策はあります」
「でも、どうやって」
「合図しますので、その時に矢を打てるように準備だけはしておいてください」
 和加奈は歩き出すと物影から顔を出して青人形の様子をうかがう。追撃することもなく、鈍牛のようにさきほどの場所から動かない青人形を睨む。
「うまくいくかどうかわからないけど、ここはあたしに任せて下さい。それじゃ、行きます!」
 和加奈はそう言うと、結稀の返事も待たずに駆けだした。
 彼女は細身の剣の先を前に突きだしたかっこうで、青人形に突進する。
 和加奈が近づいてきたことを知り、青人形は斧を振りあげて迎撃の構えを取った。
「胴体ががら空き!」
 和加奈はそう言いながら、まだ怪我をしていない右腕に持った剣で、ヨロイと皮膚に守られた魔物の胸部をするどく突く。
「……一……二……三……四……五……」
 一突きするたびに、和加奈は数をかぞえあげた。
 斧が振り下ろされると、和加奈はすばやく身を引く。そして青人形が斧を振り上げると、ふたたび魔物の胸の、同じ箇所めがけて剣先で突くということを繰り返した。
「……六……七……八……九……一〇……だいたいそんな、単純な攻撃で、あたしが倒せると思っているの? ……一七……一八……」
 とその時だった。和加奈の助言にしたがったわけではないだろうが、今までは上から下へと単純に振り下ろしていた斧を、今度は頭上から斜めに下ろした後、そこから野球のバッターのようにを横一文字に振りきった。
「きゃっ!?」
 同じ攻撃しかしてこないだろうと侮っていた和加奈は、あやうく青人形の攻撃が当たりそうになる。

    *

「あぶない!」
 離れた場所から戦いを見ていた結稀は叫んだ。
「でも、和加奈の考えは解ったわ。
 攻撃がまったく効いていないわけじゃないんだから、同じ所を何度でも攻撃しようってわけね」
「しかしあんな弱い攻撃じゃ、何十回、何百回当てたところで、傷ひとつ付けられるとも思えないのだが……」
 ハムが言う。
「そこなのよねぇ」
 何十回、何百回当てたところで傷一つ付けられないというハムの意見に、結稀も同意見だった。
 あるいは、勝てないまでも一矢むくいたい、せめてかすり傷だけでもつけてやりたいと、なかばヤケになっているのだろうか。
 いや、そんなことはない。ちゃんと考えがあるんだ。和加奈のすることを、ちゃんと見ているんだ。
 結稀はそう考えなおし、ふたたび和加奈の戦いに注目した。

    *

 和加奈は攻撃を続けていた。
「……五○○……五○一……五○二……五○三……」
 和加奈は斧をよけつつ、まるでフェイシングのように、何度も何度も剣を突き続けたていた。
 無限の体力を持つと思われていた魔物も、さすがに数え切れないほど斧を振りつづけたためだろう、斧を扱う動きがわずかに鈍ってきた。
 だがそれ以上に体力をすり減らしていたのは和加奈だった。攻撃を始めた頃のキレはすでになくなっており、機械のようにただ剣を当て続けているという感じだった。
 和加奈は思った。
 腕が重い……。目も霞んできた。手が痺れて剣が落ちそうだし……。同じ場所を打つだけの集中力も途切れそう。
 でもあきらめない。先輩が見ていてくれている。あたしを期待している。ハムさんも見ている。
 絶対に、先輩に繋げるんだ。
 一撃一撃は弱くとも、確実にその攻撃の衝撃は蓄積されていくはず。ヨロイも、青人形の体にも、あたしの攻撃は確実に疲労させているはず。
 たしかにあたしの腕力では、最後までは届かない。
 でも……。
「……八五四……八五五……八五六……」
 先輩の弓矢の威力ならば、きっと届くはず!
 だから、なんとしても、そこまで……つなげるんだ。
「……八七七……あっ!」
 和加奈は叫んだ。
 たびかさなる突きに耐えきれず、ついに細身の剣の先が折れてしまったのだ。
 取れ落ちた刃の先は、地面に当たると光の粒となって砕け散って消えた。
「なんの! まだまだ!」
 そう言うと和加奈は、先の折れた剣でふたたび青人形の胸を突き始めた。

    *

「そうか! わかった!」
 結稀は叫んだ。
「わかったよ、ハム! 和加奈のやりたいことが」
 背中の矢筒に光の粒が集結する。結稀は思いを込めて一本の矢を取り出す。その矢は、結稀の思いを結晶させたように白銀色に光っていた。
 ひとりだったらきっと恐怖心に襲われて、魔物と戦うことなんてできなかっただろう。魔物に襲われた時のことを思い出してしまい、矢で狙うことも、それどころか直視することさえも、きっと恐くてできなかっただろう。
 だけど、戦っているのはわたしひとりじゃない。和加奈もハムもいてくれる。
 仲間がいてくれる。だから、もう恐れない。
 結稀はそう強く信じた。
 彼女の気持ちに応えるように、白銀の矢が輝く。
 結稀は弓に矢をつがえた。和加奈の作ってくれるチャンスは一度きりだろう。そのチャンスを逃さないように、心を落ちつかせるようにつとめる。静かに切(き)っ先(さき)の狙いを魔物にさだめる。そして、和加奈の合図で、いつでも打てるように構えた。

    *

「……九九七……九九八……」
 和加奈が剣先を魔物のヨロイの胸部に当てたとき、手応えを感じて体を強ばらせる。そして振り向くと叫んだ。
「九九九っ!!
 ――先輩、今です!
 結稀先輩の矢ならば、きっと!」
「うん! まかせて!」
 結稀は勇ましく応える。
「和加奈の努力、無駄にはしない!
 この一撃で決める!
 何十回、何百回攻撃しても効果がないならば――千回攻撃すればいい!! そうよね、和加奈!!」
 和加奈はすべるように体を横にずらすと魔物から離れる。
 同時に結稀の弓から矢が放たれた。
 次の瞬間には、結稀の放った矢が、ヨロイと堅い皮膚を突き抜け、青人形の胸に刺さっていた。
 和加奈があきらめずに、同じ場所を集中して攻撃していた結果だった。
 たしかに一撃一撃は、かすかな傷ひとつつけることもかなわなかっただろう。それでも同じ場所を連続して千回も突かれればヨロイだって疲弊してくる。
 さらにどんなに丈夫なヨロイでも、衝撃までは吸収できない。剣で打たれた衝撃は、ヨロイを通して肉体に蓄積されていく。
 衝撃は確実に青人形の皮膚と、そして肉体を侵食していた。
 その弱り切った場所を、最後のとどめとして、結稀の一撃が襲ったのだ。
 魔物は驚いて斧を下ろすと、右手で刺さった矢を引き抜いた。
 武器を下ろした相手ならば、もうよける必要はない。和加奈は捨て身となって、渾身の剣を、青人形が矢を抜いたばかりの傷口に突き刺す。
 折れた剣は肉体の奥深くまで突き刺さった。
 青人形は体を仰け反らせたと思うと、空に向かって獣が叫ぶように咆哮(ほうこう)した。
 和加奈は剣を引き抜き、ゆっくりと後ずさる。
 結稀と、彼女の肩に乗ったハムも、和加奈の元に駆けつける。
 魔物は力が抜けたように、ひざを地面につけた。
 魔物の全身から黒い霧が吹き出す。
 霧は竜巻のように魔物の体をつつみこんでいたが、しばらくすると蒸発するように消えた。
 霧が散るとそこには魔物の姿はなく、代わりに地面の上には、長く青い髪をした陶人形が落ちていた。
 和加奈も、結稀も、その人形の美しさに思わず目を奪われた。
 そこには、あのトカゲの怪物めいた、まがまがしいおもかげもなかった。褐色の肌をした、美しい人形に戻っていた。
 和加奈と結稀の互いに力を合わせたこと。そして最後まで決してあきらめなかったこと。それらがもたらせた勝利だった。








つづきを読む
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■更新履歴■
2016年12月11日 〈紫安館〉掲載
2017年01月06日 一部訂正





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