「カラードールズ・ガール 〜少女は白い天使をめざす〜」 エピローグ 作・JuJu






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「カラードールズ・ガール  〜少女は白い天使をめざす〜」  作・JuJu

エピローグ





「先輩、飛んでます! あたしたち、空を飛んでますよ!」
「うんうん。戦いの時は楽しんでいる余裕なんてなかったけれど、これってすごいことだよね」
 ふたりは竹之宮町(たけのみやちょう)の上空を飛んでいた。
 結稀(ゆうき)は右肩にハムを乗せ、両手にスクールバックと白人形と青人形のトランクをつかんでいた。
 和加奈(わかな)は左肩に布を巻いて、右手にスクールバックと赤人形を入れるトランクを持っている。
「でも青人形を倒したから、もうすぐ結界が解けるはず。
 こうして自由に空を飛ぶのは楽しいけれど、結界がなくなったらこの変身も解けるかもしれないから、念のために地上に降りましょう。万一空で変身が解けたりすれば、地面に真っ逆さまだからね」
 結稀はそう言って町はずれの小山に向かって進路を取った。和加奈もあとに続く。

    *

 ふたりは竹之宮神社(たけのみやじんじゃ)の境内に降り立った。バッグを肩から下ろすと、街が展望できるベンチに座る。
 すべてが青色に染められていた世界が、端から広がるように、ゆっくりと元の色に戻っていく。
 それをふたりで見ている。
 青一色だった空や街が、本来の色を取り戻して元の色に戻っていく。夕日に輝くさまざまな色を見ていて、わたしたちが何げなく暮らしていた世界は、実はこんなにも美しかったんだ、と結稀は思った。
「世界ってこんなに綺麗だったのね。知らなかった」
「先輩の方がもっと綺麗です」
「えっ?」
 結稀は驚いて和加奈の方に向く。
「先輩、愛しています」
 そういって和加奈は、右腕を伸ばし、結稀の頬をてのひらで包み込むように当てる。
 本物の和加奈は年下だが、赤人形に変身している現在の彼女は、幼さを残した容姿の白人形に変身している結稀にくらべ、はるかに年上に見えた。しかも、ハムが作っただけあり、その美貌はずばぬけていた。そんなこんな綺麗なひとに、心の底から愛しそうに思っている瞳で見つめられては、さすがの結稀も胸がときめいてしまう。
「この体は人形同士。本物の体ではないのですから、何をしてもノーカウント、そうノーカウントです。ですから……」
 和加奈は結稀のほおをいたわるように撫でながら、顔をしずかに近づける。
 赤人形ってこんなに綺麗だったんだ……。近くで観ると、本当に綺麗。そう思うと胸の高鳴りが抑えきれない結稀。たとえ本来の体が年下だとしても、今の体は確かに本物の年上の肉体なのだ。
 それに人形と人形が愛し合うのもわるくないなと思ってしまう。人形が人間のように心を持ち、そして人形と愛しあうというのは、誰にもひみつだけど、子供のころからの結稀の夢でもあった。
 うつくしい街の景色も、彼女の背中を押す。
 まるで魔法にかかったように顔を赤らめて、結稀は和加奈のされるがままになっていた。
「さあ先輩、目を閉じて。先輩は何も考えなくていいんです。あたしに身を任せてください。とっても素敵な世界に連れていって上げます」
 和加奈がくちびるをよせる。
 あとわずかで和加奈と結稀のくちびるが合わさるという、その寸前――
「コホン! あー、ぼくがいることを忘れないで欲しいな」
 ――と咳払いとともに、いつのまにかベンチの上に乗っていたハムがいった。
「そういうことは、ぼくのいないところでやってくれないか。
 それよりも、ぼくの体の修繕を早くやってほしいな。これでも、痛みを堪えているんだ」
「嫌ー!」
 ハムがいることに気がつき正気にもどった結稀は、叫び声をあげるとともに両手を前に突き出して和加奈を押し払った。
「あやうく、雰囲気に流されそうになったわ。まったく油断も隙もない」
 結稀は自分が白人形に変身したとき、ハムにこの姿は自分の理想の姿なのだと言っていたことを思い出した。和加奈の場合も、きっと彼女の理想の姿――つまりわたし好みの、わたしを落とせる女性に変身したんだ。
 和加奈に流されそうになった理由を、結稀はそう解釈した。

 さて一方。せっかくいいところまで行ったのに、あともう少しと言うところで邪魔をされた和加奈は、その怒りをハムに向ける。
「くぉこんのぉ、くそハム! あと少しってところで! このままなしくずし的に先輩に女同士のよさを肉体に刻み込むように教えこみ、男なんか相手にしなくなるようにできたのに!
 許すまじハム公!」
「許さないのは、わたしのほうよ!! そんなことを考えていたなんて」
「ひいっ!?」
 鬼のような形相(ぎょうそう)でにらんでいる結稀に気が付き、和加奈はあわてて頭を下げる。
「あわわわ……。すみません! すみません! 調子にのってました。ゆるしてください」
「……まったくもう。まあいいわ。今日は和加奈に助けてもらったから特別に許してあげる。和加奈がいなかったら、この世界から抜け出せなかったしね」
 あきれながらも、それに和加奈がこんなことをするのは日常茶飯事いつものことだしと言って許してあげる結稀だった。

    *

「もう魔物は出てこないみたいだし、そろそろ変身を解きましょうか」
 あらたな魔人形の襲撃を警戒して人形に変身をしたままだったふたりだったが、結界が解け世界がほとんど元に戻ったのを見て変身を解くことにした。
「変身を解くには、元に戻りたいと強く思えばいいのよ」
 和加奈にアドバイスした後、手本を見せるように結稀は変身を解いて元の姿に戻った。
 和加奈も結稀にならって元の姿に戻る。
 変身を解いて人間に戻ると和加奈の肩の傷も消えた。
 和加奈がベンチの上に乗っている赤人形を手にとってドレスを脱がすと、赤人形の肩が深く切れていた。
 それを見た和加奈がつらそうな顔をしているのを見て、結稀が「戻ったら人形の修理をしてあげましょうね」と声を掛ける。

    *

「今回は、きみのお手柄だ」
 ハムはベンチの上から和加奈の顔を見上げていった。
「うん。和加奈があそこで機転をきかせてくれなければ、わたしたちは終わりだったよ」
「そんなことありませんよ」
 謙遜する和加奈に、ハムが言葉を続けた。
「だから、赤人形はきみに進呈しようと思う。その人形はきみが持つのがふさわしい。それでいいかい結稀?」
「うん。わたしもそれがいいとおもう」
「ほんとうにいいんですか!? 先輩とお揃いの人形がもらえるなんて!」
 和加奈はベンチの上に置かれていた赤人形を手に取る。嬉しそうに人形を眺めた。
「和加奈が魔人形を倒したことで、今後は結稀だけでなく、和加奈も襲ってくる可能性が高い。魔人形はいつ襲ってくるかわらない。和加奈一人だけの時かもしれない。今回みたいに、結稀がすぐに助けにこれないかもしれない。だから和加奈にもカラードールズを持ってもらうことが必要なんだ」
「そうか。そうだよね。これからは和加奈も襲われるかも知れないんだ。
 あ、そうだ! だったらこの人形も和加奈にあげたら?」
 そういって結稀は、青人形の入ったトランクを開けると、取りだして和加奈に手渡そうとする。
「そんな、さすがに先輩を差し置いて二体ももらえのせんよ」
「わたしはこの白人形があるし。この人形だけで充分よ」
 そういうと青人形をベンチの上に置いて、代わりにベンチの上に置かれていた白人形持ち上げると抱きしめた。
「では、青人形は予備としておきましょう。ハムさんがカラードールズに変身するに力を取り戻すかもしれませんし。それまで三人の共有としておくというのはどうです」
 和加奈は持っていた赤人形を境内のベンチに座らせた。それを見た結稀も、抱いていた白人形をベンチに置いた。
 白・赤・青、三人の人形がなかよく、ベンチに並んで座っている。
「わたしはそれでいいよ。それじゃ、青人形は部室に置いておこう。これだけ立派な人形ならば、同好会にもハクがつくってものだしね。もしかしたら、この人形を見た生徒が同好会に入ってくれるかも知れないし」
「会員が増えるかどうかはわからないが、人形製作同好会に人形があるのは極めて自然だから、隠し場所にちょうどいいだろうね。
 ぼくは、人形製作同好会のペットとして部室に住むことにしよう。そうすれば、石崎が乗りうっつった魔人形が青人形を奪いに来たときの警備もできる」
 ハムが言う。
「ハムはわたしの家に住めばいいのに」
「さすがに年頃の女の子と一緒には住めないよ。
 それに戦いはまだはじまったばかりだ。カラードールズは全部で七体ある。石崎から取り返していない人形は、あと四体もあるんだ。
 こうなった以上近い内に石崎の怨念の籠もった魔人形が、カラードールズを奪いに君たちを襲ってくるはず。とくに黒いドレスを着せてある人形――便宜上黒人形と呼ぶが――黒人形は最強だと思っていい。
 これは一時(いっとき)の平和にすぎない」
 そしてハムが声をただして言う。
「――それで、あらためて問いたいのだが、君たちはどうする?
 君たちがもうこりごりだというのならば、その人形をぼくに返してくれても良い。そのかわり、もう君たちが戦うことはないだろう。
 その場合、ぼくはその人形を持ってどこか遠くに逃げることにするよ。
 でも、一緒に戦ってくれると言うのならば……」
「もちろん、戦うよ! 決まっているわ。
 せっかく出会ったハムと、まだ別れたくないし。
 それに魔物にされた人形たちがあまりにも可愛そう。ほかのカラードールズたちも、白人形のように魔物に憑依されて、あんなに不気味で恐ろしい姿に変えられているんでしょう? 救ってあげなくちゃ!」
「あたしも先輩と同じ思いです。ここまで来たら、前に進むしかありません」
「ありがとう。カラードールズはぼくの最高傑作のつもりだ。今、こんな姿になってしまったぼくができる、精いっぱいのお礼のつもりだから、人形は遠慮せずに受け取って欲しい」
 結稀と和加奈は、ベンチに置かれたある白人形と赤人形と青人形を見た。
 結稀は白人形を、和加奈は赤人形を、それぞれ抱き上げた。
 この人形が、わたしのものになるんだ。
 ふたりはそう思った。
「さあ、まもなく結界がすべて解ける。世界は元に戻る」
 ハムが言う。
 結稀は思った。ハムの言うとおり、結界も解け、世界は元に戻っていく。今日はまるで夢のようだった。でもさっきのことが夢ではないことは、ベンチから見上げているしゃべるハムスターと、わたしが持っている白人形。そして和加奈が抱きしめている赤人形と、ベンチに座っている青人形が証明している。
 いつの間にか、世界に音が戻っていた。人の作る街の音が、自然の作る音と混じり合い結稀の耳に響く。
 夕日が、山に隠れつつ、ふたりを照らす。
 完全に結界の解けた街をながめるふたり。
「和加奈の人形を治してあげないとね。もちろんハムも背中の傷を治してあげるね」
 そして、結稀は言う。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
 ハムはベンチから飛び降りると、結稀の体をかけ上って肩に乗る。
「はい」
 和加奈が笑顔でうなづき、返事をする。
 結稀が言う。
「わたしたちが暮らす町に帰ろう!」
 ふたりと一匹は、自分たちの住む町に向かって歩きだした。








あとがき
――――――
■更新履歴■
2016年12月11日 〈紫安館〉掲載
2017年01月06日 一部修正
2017年01月07日 誤字修正
2017年01月16日 誤字修正





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